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戦争映画批判への批判 (4/4)

3. おわりに以上、石原慎太郎の『俺は、君のためにこそ死ににいく』を、敢えて石原慎太郎の思想をその解釈から排除して見てきた。作者を作品の解釈から除外するという試みは、バルトの思想に依っており、その除外によって、「作者性」に基づいた一面的な解釈と、同時に観衆の側に潜む平和主義を盾にした欺瞞を克服することを目指した。反戦映画と一般にされる『ひめゆりの塔』と保守派の政治家の製作した映画に、その映像表現に於...

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戦争映画批判への批判 (3/4)

2. 映像分析: 『俺は、君のためにこそ死ににいく』本作品の最初にはいきなり、石原慎太郎の冒頭挨拶の文句が出てくる。曰く、「私は縁あって、特攻隊の母といわれた島濱トメさんから、隊員たちの秘められた、悲しくも美しい話を聞くことが出来ました。雄々しく美しかった、かつての日本人の姿を伝えて残したいと思います。石原慎太郎」。石原の名に於いて出てくるこの短い挨拶には、石原の思想が既に凝縮されている。「母」「雄々...

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戦争映画批判への批判 (2/4)

1. 鑑賞の視点: 「作者の死」ロラン・バルトの主張する、「作者の死」。作品の解釈が「作品を生み出した人間の側に求められている」状態の克服、即ちある作品に於いて、自ら多様な意味解釈を目指す概念である(石川、2015、pp. 78-80)。そしてこれは、石川(2015)によれば、「作品のうしろに作者や社会や時代を見ることに満足している」(p. 80)ことに対する批判である。ここではこれ以上の詳説は避けるが、そのバルトの主張する...

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戦争映画批判への批判 (1/4)

0. はじめに第二次世界大戦の敗北をきっかけに、一定程度米国主導のもとではあったにせよ、日本は軍国主義を放棄し、平和憲法を制定した。特に第9条について鑑みた場合、そこには侵略を目的とした戦争の放棄が名言されており、憲法護持か改正か、その政治信念の左右を問わず、あくまで9条の"精神"である侵略的戦争の放棄に関しては、多くの人が首肯するところである。しかしややもすれば、その反戦意識や平和主義は、逆に硬直した...

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歴史は存在しない

日本は、周辺諸国との間で未だに「歴史」認識に対する問題を抱えている訳であるが、しかし、「歴史」そのものはそもそもどういったものであるのか、一つ考えておく必要があると思う。まず念頭に置かなければならないのは、全ての過去は本当に存在したのか?という問いである。人はとかく、過去は存在する、という前提を歴史認識に持ち込む。しかし結論として、それは幻想に過ぎない。過去があったではないか、という人もいる。しか...

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